AccessVBAで30億円企業の入金消込を一人でシステム化した天才と、私が1年間同じ部署で働いた話【前編】

AccessVBAシステム廃棄の序章

先に結末からお話しさせていただきます。

ある会社で、内製のAccessVBAシステムが廃棄されることになりました。そのシステムを構築した方が転職して不在となった後、誰も保守も改修もできなくなってしまったのです。会社は外部のシステム会社へ莫大な費用を支払って解析を依頼しましたが、完了後に下した結論は「市販のパッケージ製品を購入する」というものでした。

その顛末については後編でお話しします。

今日の前編では、そのシステムを作った人物との出会いや、彼がどのような仕事をしていたのか、そしてなぜ経理課を去ることになったのかについてお伝えします。

これは2020年ごろ、コロナ禍の直前に起きた出来事です。

本社内部監査室、J-SOX対応の始動

私がグループ親会社の本社・内部監査室へ異動になったのは、ある年の春のことでした。元々は事業子会社に所属しておりましたが、本社の内部監査室へお声がけいただいたという経緯です。

内部監査室の仕事は大きく二本柱でした。

一つは通常の内部監査で、グループ各社の業務が社内規程やルールに沿って適切に行われているかをチェックする仕事です。現場の業務を直接行うのではなく、一歩引いた視点で審査や指摘を行います。

もう一つが、異動して初めて耳にする言葉でした。

「J-SOX」です。

「J」は日本(Japan)を指し、「SOX」はアメリカのサーベンス・オクスリー法に由来しています。上場企業には財務報告に係る内部統制の評価と監査が法律で義務付けられており、通称「J-SOX対応」と呼ばれるこの業務が、内部監査室の大きな柱となっていました。

そのために必要なのが、内部統制の「文書化3点セット」です。これも初めて聞く言葉でした。業務フロー図、業務記述書、リスクコントロールマトリクス(RCM)といった書類を作成し、現場の業務プロセスを詳細に文書化して、どこにリスクがあり、どのようなコントロールで防いでいるかを証明していく一連の作業です。

J-SOX評価監査、全社巻き込みの苦労

この対応は、想像以上に大変なものでした。

J-SOX対応の評価と監査対象は、内部監査室だけで完結するものではありません。本社の事業部門や管理部門はもちろん、連結子会社を含めたグループ全体が評価の対象となります。つまり、グループ全体を巻き込んで準備を進める必要がありました。

各社や各部門の業務担当者へヒアリングを行い、業務フローを紐解き、文書化の不備があれば指摘して修正を依頼します。さらに、整備された内容を評価し、監査法人にもチェックしていただくというサイクルを期末に向けて回していくのです。

私と彼もまた、そのためにこの部署へと集められたのでした。

新同僚の意外な才能

内部監査室には、私とほぼ同じタイミングで異動してきた人物がおりました。

彼はグループ内の事業子会社の経理課から来た男性です。年齢は私より少し若かったように記憶しています。関西出身とのことでしたが、いわゆる関西人のイメージにあるような陽気さや饒舌さはあまりなく、どちらかといえば落ち着きのある物静かな人物でした。会議でも発言よりも傾聴が多く、一見するとどこにでもいる実直なビジネスパーソンという印象でした。

しかし、ある日の雑談でその印象が一変することになります。 「前の部署では何をされていたのですか」と他愛のない質問をした際、彼は「入金消込のシステムを作っていました」と答えました。「Accessで」と付け加えながら。 私はまず、「Accessで?」と聞き返しました。 「はい、VBAで書いていました。一人で」

その答えが持つ重さに、私がすぐには気づけなかったのは無理もなかったかもしれません。

入金消込業務の複雑性とその過酷な実態

次に、入金消込という業務をご存じない方のために少し説明いたします。

顧客から振り込まれた入金データと発行した請求書を照らし合わせ、「この入金はどの請求に対応するものか」を一件ずつ確認・照合していく作業です。帳簿上の数字を合わせていく、地味ながらも神経を使う経理の基本業務のひとつです。

彼が勤めていた事業子会社は、建設・補修関連の会社で、年間売上は30億円規模でした。問題はその売上の構成です。 BtoB(企業間取引)の案件であれば、工事一件あたり数十万から数百万円規模の入金があるため、件数は比較的少なく、照合もそれほど複雑ではありません。 しかし、その会社にはBtoC(個人向け)の仕事も相当数ありました。個人宅の補修・修繕工事といった、一件あたり1万円、2万円の世界です。 これが、消込作業を格段に難しくさせる要因でした。

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一人担当の膨大で複雑な消込業務

例えば、1万円の入金が今日50件振り込まれてきたとします。同姓同名の個人客が複数いたり、金額が端数で一致しなかったり、分割払いで入金が分かれたりすることもあります。工事完了と入金のタイミングがずれることも珍しくありません。それらを一件ずつ請求書と突き合わせていくのです。

BtoBの少額・高額案件と、BtoCの大量・少額案件が混在し、月間の入金件数も膨大になる。そんな消込業務を、売上30億円規模の中で、一人の経理担当者が日々回していたのです。

Access VBA一人開発の偉業

しかし、彼はそのシステムをMicrosoft AccessとVBAだけで構築していました。ゼロから一人で設計し、一人でコーディングを行っていたのです。

私もAccessやVBAを多少かじっていたため、その事実が何を意味するのかを理解し、話を聞いた瞬間に鳥肌が立ちました。

AccessのVBAで業務システムを作ること自体は、中小企業の現場では今でも珍しくありません。しかし、今回は条件が違いました。

膨大な入金データを捌く消込システムにおいて、取引先コードでの絞り込み機能、入金日の範囲指定、ステータス管理、端数処理ルール、分割入金の突き合わせロジック……これらを専任の開発チームも外注もなしに設計・実装・運用していたのです。

彼は自ら作ったシステムについて話すとき、自慢するわけでも誇張するわけでもなく、ただ淡々と「こういう仕様で動いていました」と事実を語りました。その落ち着きが、かえって話のリアリティを増幅させました。

私は心の中で、「この人は天才だ」と静かに思いました。

異動の表向きと裏事情

彼がなぜ経理課から内部監査室へ異動になったのか、直接本人に聞いたことはありません。ただ、傍で見ていた私には一つの推察があります。あくまで私の主観であり、事実と異なるかもしれません。

表向きの理由として、内部監査室側のニーズは明確でした。

J-SOXの文書化3点セットを整備するには、業務プロセスを精緻に分解し、システムのロジックを読み解いてリスクポイントを特定する能力が求められます。そのうえで、現場担当者にわかりやすく説明しなければなりません。

経理業務を知り、かつAccessシステムを一人で構築できるほどの論理的思考力を持つ人材は、J-SOX対応の戦力として非常に魅力的です。内部監査室が彼を必要とした理由は、合理的に説明がつきます。

ただ、私が後から耳にした話では、裏の事情もあったようです。

彼は、あまりに「出来すぎ」ていたのです。

「出来すぎる」ことが職場環境にどう影響するか。経理課というコミュニティの中で、他のメンバーや上司から見て、彼は「一緒に仕事をしにくい人物」として映ってしまったようなのです。

その詳細については、次のセクションでお書きします。 彼の人物像について、私が傍で見て感じたことをそのまま書かせていただきます。 彼は物静かで、感情の起伏をあまり表に出しません。仕事の話になると言葉が非常に正確になり、余計なことは言わなくなります。 彼は自分自身に対して厳しく、アウトプットの質に妥協しません。不完全なまま「とりあえず」で提出するということがありませんでした。

妥協なき仕事、そして孤立と異動

そして、それは他者に対しても同様でした。

自分のスタンダードで仕事を測るため、それに届かない仕事を見ると、それが態度に出てしまうことがありました。指摘は的確ですがオブラートに包まず、「これはこうすべきです」と伝える際、相手への配慮よりも論理の正確さが優先されることがありました。

それは決して悪意があるわけではなく、ただ彼の中では論理的であっただけなのですが、受け取る側には冷酷なものとして映ったのかもしれません。

経理課の同僚からは、「自分たちにはできないシステムを勝手に作り、それを当然のように使わせる。仕事の進め方にも口うるさい。でも自分だけで作業をしていて、やり方を教えてくれない」といった印象を持たれていたようです。

経理課を去り、内部監査室へ異動

実際には、彼が教えなかったのではなく、彼のスピードや水準に周囲がついていけなかったというのが正確ではないかと私は感じています。しかし、現場の空気というものは、事実の正確さよりも感情の積み重ねで形作られるものです。

裏事情として、彼が経理課に居づらくなっていたという話も聞きました。 内部監査室への異動は、本人にとって新しい舞台だったのかもしれませんし、組織としての落としどころだったのかもしれません。そのあたりの事情は、私には計り知れません。 いずれにせよ、彼は内部監査室にやってきました。J-SOXという激務の嵐の中で、私の隣に。 ——後編へ続きます。

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