改善会議が毎回『抽象論』で終わっていた頃の話
毎週水曜の午後、第二会議室で業務改善の定例会をしていました。会議そのものは真面目に続いていました。半年経っても、具体的な成果はほとんど出ませんでした。発言する内容も「全体最適が大事」「DXを進めたい」といった大きな話に寄りがちでした。目の前の作業をどう直すかまで、なかなか落とし込めませんでした。問題意識は全員にありました。ただ、解けるサイズまで分解するところで毎回止まっていました。
議事録には「ペーパーレス化の検討」「コミュニケーションの活性化」といった耳障りの良い言葉が踊ります。翌週には「引き続き検討」の文字が追記されるだけです。会議が終わると、参加者はどっと疲れた顔で自席に戻っていきます。上司から「何か面白いテーマは出たか?」と聞かれるたびに、胃のあたりがずしりと重くなりました。進捗がないことへの焦りと、何も生み出せない自分への無力感。この停滞した状況をどうにかして打ち破りたいと思っていました。しかし、そのための突破口がまるで見当たりませんでした。
言語化できない悩みが積み重なっていた
実際、毎週の改善会議で「何か意見は?」と振られるたびに冷や汗が出ていました。悩みはあるのに言語化できませんでした。結局「特にありません」と答えてしまう週も多かったです。会議後に山積みの請求書を手処理していました。この作業こそ改善対象なのにと、何度も感じていました。
あとで振り返ると、足りなかったのは「改善テーマを見つける手順」でした。毎日の業務量が多すぎました。どこが本当のボトルネックなのかを、言語化できていませんでした。方針だけを話す会議では、現場の小さな詰まりが拾えませんでした。必要だったのは具体的な視点でした。作業を1つずつ分解して、どこから直すかを決める手順です。このまま続けると、時間だけが減っていく感覚が強くなっていました。
まずは自分の業務をそのままAIに渡してみた
数週間が過ぎたある日、藁にもすがる思いで試したのが生成AIでした。当時はChatGPTやClaudeといったツールが話題になり始めた頃です。半信半疑でしたが、今の状況を変えられるなら何でもやってみる価値はあります。しかし、AIに何をどう聞けばいいのでしょうか。いきなり「業務改善のアイデアを教えて」と尋ねても、抽象的な答えしか返ってきません。会議と同じ状況になると思いました。
業務の流れをそのまま書き出してAIに渡した
そこで、全く違うアプローチを取ることにしました。AIを黙って観察する「新人」と見なすことにしたのです。コンサルタントではなく、観察役です。まず、自分が担当する「請求書処理」の一日の流れを時系列で書き出しました。ありのままを記録する作業です。思考の迷いやちょっとした手待ち時間まで、包み隠さず記録します。
「午前9時、共有フォルダに取引先からPDF形式の請求書が届いているか確認する」
「PDFを開き、請求番号、金額、支払先口座を目視で確認する」
「基幹システムを開き、新規支払い伝票を作成する画面へ移動する」
「PDFの情報を、基幹システムの各項目に一つずつ手で転記する」
「転記ミスがないか、PDFとシステム画面を2往復してダブルチェックする」
こんな調子で、一連の作業を20項目ほどのリストにしました。この生々しい業務ログをそのままコピーし、ChatGPTに貼り付けました。プロンプトはごくシンプルにしています。「あなたは業務改善の専門家です。以下の業務プロセスを確認してください。非効率な点、自動化できる点、リスクが高い点を第三者の視点から指摘してください。」

返ってきた回答の具体性に思わず息をのんだ
数秒の沈黙の後、AIが返してきた回答を見て、思わず息をのみました。そこには、驚くほど的確な言葉で問題点がリストアップされていたのです。これまで気づかなかった、あるいは気づかないふりをしていた点ばかりでした。「手作業によるデータ転記は、ヒューマンエラーの温床です」。「目視でのダブルチェックは非効率であり、時間的コストが高い」。「PDFからのデータ抽出は、OCR技術で自動化可能です」。まるで熟練のコンサルタントが隣にいるかのようでした。それほど具体的で鋭い指摘でした。この瞬間、停滞していた状況が動き出す確かな手応えを感じました。
AI活用を体系的に動画で学びたい方へ
ChatGPTなどのAIを業務でしっかり使えるようになりたい方には、オンライン学習サイト「Udemy」が選択肢です。自分も手探りで試行錯誤していた部分を、動画講座で順序立てて学び直して楽になりました。買い切り型なので、自分のペースで進められます。
返ってきた候補を『頻度×手戻り』で並べ替えた
AIが提示してくれた改善候補は、全部で15個にも及びました。玉石混交ではありましたが、どれも的を射ているように見えます。しかし、ここで新たな問題が浮上しました。選択肢が多すぎて、どれから手をつければいいか判断がつきません。このままでは「検討事項リスト」に載るだけで終わります。せっかくの具体的な候補も、実行に移せないままです。
ここで、以前読んだ工場の生産管理に関する本の内容を思い出しました。改善活動の鉄則は、インパクトの大きいものから着手することです。そこで、候補を評価するシンプルな物差しを作ることにしました。それが『発生頻度』『手戻り時間』『影響範囲』という3つの軸です。この3軸評価は、実務上の判断に非常に役立ちます。
3軸スコアリングシートをExcelで作成した
まず、AIの回答をすべてコピーしてExcelに貼り付けました。各候補の横に「頻度」「手戻り」「影響」の列を追加しました。それぞれを5段階でスコアリングしていきます。

「頻度」は、その作業がどれくらいの頻度で発生するかです。請求書の転記は毎日あるので「5」です。月一の報告書作成であれば「2」、そんな目安で割り振りました。「手戻り時間」は修正に要する時間を示します。ミスが起きた場合の所要時間を5段階で評価しました。金額の転記ミスは、経理部や取引先を巻き込む大きな手戻りを生むため「5」。社内資料の誤字脱字は、比較的軽微なので「1」としました。最後の「影響範囲」は、その作業が関わる部署や人数の広さです。
手戻りが出た場合の修正時間は平均12分前後でした。自分たちチームの記録です。
並べ替えると取り組むべき課題がはっきりした
スコアリングを終え、3つの数値を掛け合わせた総合点で並べ替えました。すると、取り組むべき課題の優先順位が、驚くほど明確に見えてきます。「請求書PDFからのデータ自動抽出」が、圧倒的なスコアで1位に躍り出ました。毎日発生し(頻度:高)、ミスの手戻りも甚大です(手戻り:高)。経理部全体に影響するため、影響範囲:中の評価になりました。これまで漠然と「大変だ」と感じていた業務が、数値で「最優先課題」として可視化されました。そんな瞬間でした。
最初は「全社のファイルサーバー整理」に惹かれていました。ただ、スコア化すると優先順位は中位でした。評価軸なしで進めていたら、実行できないテーマを抱えて止まっていたと思います。地味でも小さい一歩を選ぶ方が、結果的に前へ進めると実感しました。
実際に採用した改善案と、捨てた改善案
優先順位付けの結果、「請求書PDFの自動抽出と基幹システムへの転記」に絞りました。これは「上位1件だけを1週間テストする」という運用ルールに合わせた判断でした。一度に多くの改善をやると、どれも中途半端になります。これまで何度も経験していたからです。
採用したこの改善案は、まさに日々の業務の痛みの中心にありました。Power Automate DesktopのようなRPAツールを使いました。フォルダ内のPDFを自動で読み取れます。指定した箇所のテキストをExcelやシステムの特定フィールドに転記する機能です。最初は設定に戸惑いました。試行錯誤の末、請求番号と金額を8割方の精度で抽出できるフローが完成しました。残りの2割はAIが読み取れなかったり、特殊なフォーマットだったりするものです。これらは従来通り手動で対応します。100%の自動化は目指しません。8割の定型業務を機械に任せ、人間は例外対応に集中します。この割り切りが、プロジェクトを前に進める上で重要でした。
実行できない提案を外す判断も大事だった
一方で、AIの提案の中には意図的に見送ったものもありました。代表例が「基幹システムそのもののUI/UX改善」です。AIの指摘自体は正しかったです。ただ、全社システムの改修は外部ベンダーまで巻き込む年単位の案件でした。自分たちの部署だけでは動かせませんでした。正しくても、今すぐ実行できない提案は一度外す判断が必要でした。
もう一つ見送ったのは、「関連部署とのコミュニケーションプロセスの再設計」です。これも筋の良い案でしたが、他部署まで含めると調整コストが一気に上がります。まずは部署内で完結する改善から始めました。実際には、その方が前に進みやすいと判断したからです。AIは可能性を出してくれる相手で、最終判断は現場の事情を知っている人間がやる。この線引きが大事でした。
1週間回してわかった『効く聞き方』と『効かない聞き方』
最初の1週間で気づいたことがあります。こちらの「聞き方」ひとつで、得られる回答の質が劇的に変わるのです。AIは魔法の杖ではありません。優れた道具であることは間違いありませんが、使い手の技量が問われるのです。特に、漠然とした質問は、漠然とした答えしか生みません。
最初に「経理業務を効率化する方法を教えて」と聞きました。一般論の回答しか返ってきませんでした。改善会議と変わらないと感じていました。半日ほど試すうちに、問題は聞き方にあると分かりました。
具体的な文脈を与えるほど回答の質が変わった
最も効果的だった「効く聞き方」は、徹底的に具体的であることです。自分の業務プロセスを箇条書きで全て提示します。「この中でボトルネックはどこか?」と尋ねる方法が一番確実でした。さらに、AIに特定の役割(ロール)を与えることも有効です。「あなたはトヨタ生産方式の専門家です」という具合に指定すると、回答に深みが出ます。例えば、「この業務の『7つのムダ』を指摘してください」という聞き方も試してみました。単なる非効率の指摘に留まらず、フレームワークに沿って問題点を整理してくれます。

逆に、「効かない聞き方」の典型は、文脈を無視した丸投げです。「何かいいアイデアない?」という聞き方では、AIも答えようがありません。また、AIの提案を鵜呑みにするのも危険です。生成AIの出力には誤りが含まれることがあります。「この改善案のリスクを3つ挙げてください」と逆質問するのが重要でした。あえて批判的な視点を持つわけです。これにより、デメリットも考慮した意思決定ができるようになりました。AIとの対話は「壁打ち」です。一方的な質問ではなく、多角的な視点で議論を深める感覚でした。少しずつ効果が出始めています。
個人情報と社内情報を守るために先に決めたルール
AI活用の道筋が見えてきた一方で、無視できない大きな懸念が頭をもたげてきました。セキュリティの問題です。業務プロセスをAIに入力すると、社内の情報を外部のサーバーに送ることになります。もし個人情報や機密情報が紛れ込んでいたら、大変なことになります。リスクを管理できなければ、便利なツールでも組織では使えません。
そこで、本格的に使う前に、チーム内で安全運用のルールを決めました。発想を縛るためではなく、全員が安心して使うための土台づくりです。決めた内容は次の4つでした。
チームで決めた安全利用の4つのルール
第一に、「個人情報・顧客情報は絶対に入力しない」ことです。これは大原則です。氏名、住所、電話番号などは全て削除しました。個人を特定できる情報はダミーデータに変換します。「山田太郎」なら「〇〇商事 担当者A」という具合です。個人情報保護のガイドラインでも、利用目的の特定と通知・公表が求められます。AIへの入力は想定外の利用にあたる可能性が高いです。だから、入力しないのが最も安全なのです。
第二に、「社内の固有名詞は一般名称に変換する」運用にしました。プロジェクト名や製品コード、部署名もそのまま入力しないようにしました。「経理部」→「会計部門」のように抽象化します。意味が通じる範囲で書き換える癖をつけました。
AIの出力は必ず人間が確認する手順にした
第三に、「AIの出力を鵜呑みにしない」ことです。AIが生成したコードや文章を、精査せずそのまま業務で使うことは禁止しました。人間がファクトチェックを行い、自社の状況に合わせて修正する工程を、必ず入れる形にしています。

最後に、「会社の情報セキュリティポリシーを守る」ことを確認しました。会社が許可したAIツール以外は業務で使わない、という運用です。これらのルールをA4一枚にまとめて共有しました。使ってよい範囲が明確になり、迷いが減りました。地味な作業でしたが、結果的にトラブル予防にかなり効いています。
社内でリスクを試算しました。情報漏えいが起きた場合、対応費用が数百万円単位になるかもしれません。
改善テーマ出しを毎月回すための最小テンプレ
AIを使った業務の洗い出しは、単発で終わるとすぐ元に戻りました。継続するには、誰がやっても同じ流れで進められる形が必要でした。そこで、自分たちはプロンプトをテンプレート化することにしました。
5要素で組み立てるプロンプトテンプレート
試してみて使いやすかったテンプレートは、次の5つの要素で作っています。
役割設定(Role): 「あなたは[トヨタ生産方式を熟知した業務改善コンサルタント]です。」
目標設定(Goal): 「以下の業務プロセスの中から、[手戻りの発生率を削減する]という観点で、最も改善効果の高いボトルネックを3つ指摘してください。」
情報提供(Context): 「[ここに、時系列で書き出した具体的な業務プロセスを貼り付けます。例:9:00 共有フォルダ確認、9:05 PDF開封…]」
制約条件(Constraints): 「ただし、提案する改善策は、特別なプログラミングスキルを必要とせず、既存のツール(Excel, Power Automate)で実現可能な範囲に限定してください。」
出力形式(Format): 「指摘するボトルネックごとに、具体的な改善アクション案と、期待される効果をセットで記述してください。」

このテンプレートを使えば、AIに慣れていないメンバーでも質の高い質問を投げかけられます。重要なのは、解決したい課題の「型」を明確に示してやることです。AIへの丸投げは禁物です。
毎月の定例会で更新・共有する運用にした
このテンプレートは部署の共有フォルダに置きました。毎月第一月曜日に見直す運用にしました。各担当者がテンプレートを使って候補を出します。週末の定例会で『頻度×手戻り』の軸で並べ替える形にしました。最後に、その週に試すテーマを1つだけ決めるようにしています。
この運用を始めてから、「今週はこれを試す」という結論を出せる回数が増えています。AIが答えを全部出してくれるわけではありません。検討のたたき台を出してもらえるだけでも、会議の進み方はかなり変わりました。自分たちにとっては、止まっていた議論を動かすきっかけになりました。
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